佐藤さん(仮名・35歳)は、都内のオフィスで働くキャリアウーマンだ。彼女のトレードマークは、いつもきれいに分けられたセンター分けのロングヘアだった。その知的なスタイルは彼女によく似合っていたが、同僚たちはここ一年ほど、彼女の髪に小さな変化が起きていることに気づいていた。分け目の地肌が、以前よりも目立つようになっていたのだ。特に、オフィスの真上の蛍光灯の下では、その白い線がくっきりと浮かび上がって見えた。しかし、誰もそのことには触れなかった。ある日、佐藤さんは思い切って皮膚科の門を叩いた。医師の診断は「牽引性脱毛症」。長年続けた同じ分け目と、仕事のストレスで髪をきつく結ぶ習慣が、毛根に負担をかけ続けていた結果だった。医師は、すぐに分け目を変えること、髪を結ぶ際は緩めにすること、そして頭皮マッサージで血行を促進することを指導した。その日から、佐藤さんの静かな挑戦が始まった。まずは、分け目を数センチずらしたサイドパートに。見慣れない自分の姿に戸惑いながらも、根気強く続けた。そして、仕事中はシュシュを使い、髪をふんわりとまとめるように心がけた。夜は、お風呂上がりにリラックスしながら頭皮をマッサージする時間を設けた。劇的な変化はなかったが、三ヶ月ほど経った頃、シャンプー時の抜け毛が減っていることに気づく。半年後には、新しい分け目の部分に、細く短い産毛が生え始めているのを発見した。そして一年後、彼女は美容院で髪を肩までばっさりとカットした。軽やかになったヘアスタイルは、特定の分け目を必要とせず、ふんわりとしたボリュームが生まれていた。同僚の一人が「髪型、すごく似合ってるね。なんだか明るい印象になった」と声をかけると、彼女は久しぶりに心からの笑顔を見せた。「少し自分を労わることにしたの」。その一言には、コンプレックスを乗り越えた彼女の確かな自信が滲み出ていた。